Q1:なぜ徳川光圀は「水戸黄門」と呼ばれるのですか?
A1:「黄門」とは、朝廷の官職である「中納言(ちゅうなごん)」の唐名(中国風の別称)です。光圀が隠居した際に権中納言に任じられたことから、水戸の中納言様という意味で「水戸黄門」と呼ばれるようになりました。
Q2:有名な「葵の御紋の印籠」で悪人をひれ伏せさせたのは本当ですか?
A2:史実ではありません。印籠を掲げて身分を明かす演出は、講談や明治以降の歌舞伎、映画・テレビ時代劇で創作された完全なフィクションです。光圀自身が身分を隠して悪代官を成敗した記録はありません。
Q3:光圀の血を引く子孫は現在も続いているのですか?
A3:続いています。光圀の実子である松平頼常は讃岐高松藩主となり、その血統は幕末から近代へと受け継がれました。水戸徳川家そのものの当主の座は兄・頼重の系統が継ぎましたが、光圀の遺伝子は高松松平家などを通じて現代に息づいています。