なぜPL学園は、指導者を失うという異常事態に追い込まれたのか。決定打となったのは2013年に発覚した寮内での暴力事件である。高野連からの対外試合禁止処分に伴い当時の監督が辞任。その後、後任監督に野球経験のない校長が就任するという異例の事態が発生した。
ベンチに野球未経験の指揮官が座り、実質的なサイン出しや戦術判断を生徒自身が行うという歪な状況は、球界全体に大きなショックを与えた。生徒の自主性を前面に出す形をとったものの、指導体制の空洞化と危機管理の欠如は覆い隠せず、最終的に新規部員募集の停止という苦渋の決断へつながった。