過激化の極致として記憶に刻まれているのが、武装闘争を海外へと輸出した日本赤軍の動向だ。中東を拠点に国際テロを繰り広げた彼らは、外交官の拉致や空港での無差別乱射事件を引き起こし、世界のテロリズムの構造に多大な影響を与えた。
一方で国内では、内ゲバとリンチ殺人という自己崩壊の劇薬が組織を蝕んでいた。山岳ベースでの総括と称する凄惨な仲間殺しから、最終的に浅間山荘へと追い詰められた連合赤軍事件は、過激思想が辿る最も凄惨な末路として今なお語り継がれている。密室での猜疑心と絶対的な教条主義が結びついた時、人間はどこまで残酷になれるのかを提示した事件だった。