リウマチ性多発筋痛症は、予兆のない急激な発症と激烈な筋肉痛を特徴とします。芸能界や文化人の中でも、突然この病に襲われながらも病名を公表し、治療に立ち向かった代表的な人物の足跡を検証します。
料理評論家であり服部栄養専門学校の理事長を務めた服部幸應氏は、過去のテレビ番組や各種メディアの手記において、リウマチ性多発筋痛症を発症した当時の壮絶な体験を赤裸々に明かしています。発症はある日突然訪れ、朝起き上がろうとした瞬間に首から肩、背中にかけて身動きが取れないほどの激痛に襲われました。箸を持つことや靴下を履くことすら自力で困難な状態に陥り、当初は何の病気か分からず複数の医療機関を受診。最終的にリウマチ性多発筋痛症と診断され、ステロイド投与を開始したところ、それまでの激痛が嘘のように劇的に改善したという劇的な経過を語っています。その後も多忙な教育現場やメディア出演を続け、病と向き合いながら生涯現役を貫きました。
また、伝説的ロックバンド「BOØWY」のベーシストとして知られる松井常松氏も、リウマチ性多発筋痛症に直面した一人です。松井氏は自身のブログや公式発表を通じて、2026年秋頃に突如として両肩や腕に激しい痛みとしびれが生じ、日常生活のみならずベースを構えることすら不可能な状態に追い込まれた経緯を告白しました。精密検査の結果、リウマチ性多発筋痛症と判明。副腎皮質ステロイド(プレドニン)の服用を開始し、副作用と慎重に向き合いながらリハビリに励みました。徹底した体調管理と段階的な減量を経て、再びステージへと復帰を果たし、力強いベースプレイを披露してファンに大きな勇気を与えています。
このほか、昭和から平成のテレビ界を彩った司会者の芳村真理氏も、過去にリウマチ性多発筋痛症と診断され、激痛に耐えながら治療を乗り越えた経験を対談などで語っています。このように、第一線で多忙を極める著名人たちが突然の機能停止に追い込まれながらも、適切な診断と治療を経て復帰を遂げている事実は、同じ病に悩む患者にとって確かな希望となっています。