徳川家康をめぐる美術史において、最も激しい議論を巻き起こしてきたのが、徳川美術館に所蔵されている「徳川家康三方ヶ原戦役画像(顰像)」である。
武田信玄に惨敗した三方ヶ原の戦い直後、自らの慢心を戒めるために描かせた――。長年そう信じられてきた「顰像(しかみぞう)」の伝承だが、日本史研究の現場では近年、成立年代や制作意図に関する根本的な再考が提示され、学会のみならず一般の歴史愛好家の間でも大きな波紋を呼んだ。
頬杖をつき、歯を食いしばる痛々しい表情。この異形の肖像が、果たして同時代の自己反省の記録なのか、あるいは後世の尾張徳川家によって物語化された不屈の象徴なのか。どちらの解釈をとるにせよ、人間が極限状態で晒す弱さと強烈なリアリズムは、観る者の胸を激しく揺さぶり続けている。