この誓文が発布された1868年3月、日本列島は戊辰戦争の火中にあった。鳥羽・伏見の戦いを経て東征軍が進発し、勝海舟と西郷隆盛による江戸城開城の交渉が行われていたまさにその時である。
国内には依然として旧幕府勢力が残存し、新政府を支持する諸藩の間にも疑心暗鬼が渦巻いていた。いつ内戦が泥沼化し、列強による植民地化の草刈り場となってもおかしくない。新政府が最も恐れていたのは、国内の結束が崩壊することだった。
天皇自らが神々に誓うという神聖な儀礼を演出した理由はここにある。「自分たちは私利私欲で政権を奪ったのではない」「広く天下の意見を聞いて国政を行う」という強い対外宣言を発信しなければ、諸藩の協力を繋ぎ止めることは不可能だった。背水の陣で放たれた外交的・内政的アピール、それが御誓文の持つもう一つの側面だった。