日本のホラー映画を語る上で欠かせないのが、「この映画には恐ろしい実話の元ネタがある」という噂の存在です。特にネット掲示板やSNSでは、真偽不明の都市伝説がまことしやかに拡散され、恐怖を増幅させるスパイスとして消費されてきました。しかし、その実態を丹念に取材すると、製作者たちの緻密な情報操作と、日本古来の民間信仰が絡み合った真実が見えてきます。
代表的な例が『残穢【ざんえ】―住んではいけない部屋―』です。原作を手がけた作家・小野不由美氏は、長年にわたり膨大な実話怪談の蒐集と民俗学的調査を行ってきたことで知られます。作中で描かれる「マンションの一室で起きる怪異を遡ると、過去の住人、近隣の家、さらには明治・大正期の炭鉱事故や心中事件へと因縁が枝分かれしていく」という構造は、完全な単一の事件の記録ではありません。しかし、各地に実在する複数の不可解な変死事件や古記録の断片を、高度な考証によってパズルのように組み合わせたものであり、怪談実話の現場を知る関係者ほど「リアリティがありすぎて背筋が凍る」と証言しています。劇中で語られる「話を聞いただけでも祟られる」という警告すら、民間伝承における「禍話の伝播」を巧みに利用した心理的トラップです。
また、鬼才・白石晃士監督の代表作『ノロイ』や『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズに関しても、「行方不明になった映像ディレクターの素材が流出した」という設定を本気で信じ込む視聴者が現在も後を絶ちません。白石監督は当時の制作ノートやインタビューにおいて、「視聴者が『これは本物なのではないか』と疑うギリギリの不快なリアリティ」を構築するため、無名の役者の起用、粗い画質、意図的な手ブレ、実在のタレント(松本まりか氏やアンガールズ等)の本人役登用を周到に計算したと明かしています。ネットの噂に惑わされず、それらが「計算され尽くしたフィクションの極致」であると認識することこそ、過度なトラウマを防ぐための防波堤となります。