マウンド上で常にポーカーフェイスを崩さず、冷静沈着なピッチングを見せる山崎投手ですが、そのキャリアの原点には生命の危機を乗り越えた壮絶な闘病体験があります。
中学3年生の冬、名門・日大三高への進学を控えていた時期に突然の頭痛と視野の異常に襲われ、精密検査の結果「小児脳腫瘍(頭蓋咽頭腫)」と診断されました。医師からは生存率や後遺症のリスク、野球を続けることは極めて困難である旨が告げられる過酷な宣告でした。
約6時間に及ぶ大手術は奇跡的に成功。過酷なリハビリと体重減少に耐え抜き、日大三高の小倉全由監督(当時)やチームメイトの支えを受けながらグラウンドへ復帰を果たしました。高校3年春の選抜高校野球大会では、エース兼中軸打者としてチームを準優勝へと導き、甲子園のファンを熱狂させました。「野球ができる喜び」を誰よりも知る男だからこそ、どんなピンチでも動じない強靭なメンタリティが培われています。