鳥取県が長年にわたり全国最少の人口規模にとどまっている背景には、偶発的な過疎化だけでなく、明確な地理的条件と歴史的経緯が存在します。
地理的な要因として第一に挙げられるのが、可住地面積の狭さです。鳥取県は南側に中国山地がそびえ立ち、北側は日本海に面しています。県域の大部分が山林や丘陵地で占められており、人々が生活や大規模な産業を営むための平野部(鳥取平野、倉吉平野、米子平野)が東西に細長く分断されています。そのため、ひとつの巨大な都市圏が形成されにくく、広域的な人口集積が起きにくい国土構造になっています。
歴史的な視点も見逃せません。明治初期の廃藩置県とそれに続く府県統合において、鳥取県は一時期、隣の島根県に編入された過去を持ちます。その後、地元の士族らによる熱心な分県運動を経て1881(明治14)年に現在の鳥取県が再置されましたが、このときに確定した県域(因幡国・伯耆国)そのものが他県と比べてコンパクトな面積と人口基盤であったことが、現在に至る規模のベースとなっています。