日本最高峰の名門「近衛家」の現在と歴代の真相|五摂家筆頭の全貌

日本最高峰の名門「近衛家」の現在と歴代の真相|五摂家筆頭の全貌

日本最高峰の名門「近衛家」の現在と歴代の真相|五摂家筆頭の全貌の全体像を詳しく解説してご紹介します。

詳細を見る

近衛家のルーツは、平安時代中期の貴族社会で栄華を極めた藤原道長に遡ります。平安時代末期、関白を務めた藤原忠通の四男である近衛基実(もとざね)が、京都の近衛大路に邸宅を構えたことから「近衛」の家名を名乗ったのが始まりです。

鎌倉時代以降、公家社会では朝廷の最高職である摂政・関白に就任できる家格が「五摂家(近衛・九条・一条・二条・鷹司)」に限定されました。そのなかでも近衛家は、序列第一位の「五摂家筆頭」として特別な待遇を誇り、朝廷内での決定権や儀礼において圧倒的な権威を持ち続けたのです。

戦国時代の動乱期や江戸時代の幕藩体制下においても、近衛家は京都の公家筆頭として幕府から別格の扱いを受けました。明治維新を迎えると、華族制度の最高位である公爵に叙され、近代国家の枠組みにおいても貴族院を中心に強固な影響力を保持し続けました。

林 結菜
Author

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。