横浜市中区寿町は、東西約200メートル、南北約300メートル、面積にしてわずか約6万平方メートルほどの極めてコンパクトな区画です。この狭いエリアに、約110〜120軒もの簡易宿泊所(通称:ドヤ)が密集し、約6,000室近い単身用住居がひしめき合っています。
寿町の歴史は、第二次世界大戦後の米軍による土地接収から始まります。1955年に接収が解除された後、横浜港の荷役作業や首都圏の建設ラッシュを支える日雇い労働者の滞在拠点として急速に発展しました。毎朝、早朝から仕事を求める労働者と手配師でごった返し、活気と熱気に溢れる一方で、労働争議や警察との衝突など、荒々しいエネルギーが渦巻く街でもありました。
しかし、1990年代初頭のバブル崩壊と港湾作業の機械化・コンテナ化に伴い、日雇い求人は激減。街の労働者たちは職を失うと同時に一斉に加齢の波に飲み込まれました。行き場を失った元労働者たちを支えるため、行政と支援団体は生活保護の適用と住居確保を推進。その結果、寿町の簡易宿泊所は「日雇い労働者の宿」から「高齢単身者の福祉アパート」へとその機能を根本から変えることになりました。