ネット上の議論で頻繁に見られるのが、「国会議員の女性比率が上がれば、自然と女性総理が生まれる」という短絡的な楽観論です。しかし、これは政治システムの力学を見誤った誤解と言わざるを得ません。
本質的な問題は、割合の数字そのものよりも「権力の階段(ポスト配分システム)」へのアクセス制限にあります。日本の議院内閣制、とりわけ55年体制から続く自民党政治では、総理の座を狙う前提として「政調会長・幹事長・総務会長の党三役」、あるいは「外相・財務相・官房長官の主要閣僚」を歴任することが不文律とされてきました。
過去半世紀を振り返ると、女性議員に割り当てられてきた大臣ポストの多くは、環境相、少子化担当相、消費者担当相といった予算規模や党内権限が比較的小さい分野に集中していました。財務省や外務省、警察庁といった国家の中枢官僚を直接グリップし、危機管理の修羅場をくぐる主要ポストの配分が構造的に遅れてきた事実こそが、総理総裁レースにおける実力不足の口実として利用されてきた歴史があります。
海外首相の事例を見ても、イギリスのマーガレット・サッチャーは教育科学相から党首へ、ドイツのアンゲラ・メルケルは環境相から幹事長職を経て冷徹な党内権力闘争を制しました。女性議員の員数を増やすだけでなく、党の中枢意思決定機関である選挙対策本部や国会対策委員会、財務部門に女性を戦略的に配置しない限り、女性総理への道筋は開かれません。