人間ドックの「ドック」は、英語の「dock(船渠:せんきょ)」に由来します。船渠とは、航海を終えた船舶を海水から引き揚げ、船底のフジツボを削り落とし、エンジンのオーバーホールや船体の歪みをくまなく点検・修理するための専用設備(ドライドック)を指します。
どれほど頑丈に造られた大型船であっても、荒波に揉まれ続ければ見えない腐食や亀裂が生じます。致命的な沈没事故を防ぐには、定期的にドックへ入渠させて完全解体に近い精密点検を行わなければなりません。これと全く同じ思想を「人間の身体」に応用した概念こそが人間ドックです。
この画期的なシステムが誕生したのは、戦後復興が急速に進んでいた1954年(昭和29年)7月12日のことでした。現在の国立国際医療研究センター病院の前身にあたる国立東京第一病院が、日本で初めて病気の早期発見を目的とした短期入院精密検査をスタートさせたのが直接の発祥経緯です。
当時、この先駆的な取り組みを報じた読売新聞の社会部記者が、多忙を極める社会人が身体の総点検を行う様子を船のドック入りになぞらえ、「人間ドック」と見出しを打って大々的に報じました。この秀逸な比喩表現が国民的な反響を呼び、医療用語として瞬く間に日本全国へ定着していったのです。
発足当初の人間ドックは「6泊7日」という長期入院コースで、検査費用も当時の国家公務員初任給の数倍に達する超高額設定でした。政財界の重鎮や大企業のトップなど、一握りの特権階級だけが受ける特別な健康診断だった歴史があります。それが時代の変遷とともに、医療機器の進化によって2泊3日、1泊2日、そして日帰りコースへと合理化され、広く国民全体に普及していきました。