1990年代、テレビ朝日の夏の風物詩『熱闘甲子園』のキャスターに抜擢された長島三奈。当時のスポーツ報道の現場は、圧倒的な男性社会だった。その中で「ミスタープロ野球」の娘という肩書は、強烈なスポットライトであると同時に、容赦のない先入観の壁でもあった。
周囲からの好奇の視線。取材現場での心ない囁き。「長嶋の娘だから」というレッテル。しかし、彼女は逃げなかった。当時の秘蔵スナップやアーカイブ映像を振り返ると、そこには華やかなスタジオよりも、汗の匂いが立ち込めるグラウンドの片隅に立ち尽くす彼女の姿がある。
ノートが真っ黒になるまで書き込まれた選手一人ひとりの生い立ちやエピソード。誰よりも早く球場に入り、誰よりも遅くまで敗者の宿舎で言葉を探した。彼女が流した涙は、作られた演出ではなく、重圧と戦いながら球児の痛みに寄り添い続けた証だった。