平穏で温かな家庭に暗い影が落ちたのは、秋山氏がソフトバンクの監督としてチームを指揮していた2011年頃のことでした。綾子夫人の体に異変が見つかり、下された診断は「悪性脳腫瘍」という過酷なものでした。
脳腫瘍の中でも進行が早く、極めて治療が困難とされる病魔に侵されながらも、綾子さんは夫の仕事を最優先に考えました。監督という重責を担う夫に余計なプレッシャーを与えまいと、自らの病状を隠し通そうとする気丈さを見せていたといいます。しかし、病状は徐々に悪化し、やがて本格的な治療と介護が必要な状態へと進行していきました。
秋山氏は、球場での指揮を執る傍ら、試合が終わればすぐさま福岡市内の病院や自宅へ駆けつけ、睡眠時間を削って妻の看病と介護に奔走しました。遠征先からも頻繁に連絡を入れ、容態を気遣う日々。グラウンド上では一切の弱音を吐かず、冷静沈着な采配を振るい続けた裏で、身を削るような壮絶な闘病生活を支えていたのです。
そして2014年、ソフトバンクを3年ぶりのリーグ優勝、そして日本一へと導いた直後、秋山氏は契約期間が残っていたにもかかわらず「監督退任」を電撃発表しました。球団やファンからは続投を熱望する声が殺到しましたが、秋山氏の決意は揺らぎませんでした。「これ以上、現場にいては妻のそばにいてやれない」――監督としての栄誉よりも、愛する妻の命と残された時間を最優先にした、男の覚悟の決断でした。
しかし、退任からわずか2カ月後の2014年12月9日、綾子さんは55歳の若さで息を引き取りました。死因は闘病を続けていた脳腫瘍でした。最期の瞬間まで手を握り、看取り続けた秋山氏の胸中には、深い喪失感とともに、愛妻を苦しみから解放してあげたいという切なる思いが交錯していたと伝えられています。