関東を本拠地とし、日本有数の規模を誇る広域組織として知られる稲川会。その歴史を紐解く上で、カリスマ的指導者であった初代総裁・稲川聖城の存在を抜きに語ることはできない。独特の義理人情と厳格なピラミッド型組織を構築した稲川聖城の教えは、長年にわたり組織の精神的支柱として機能してきた。
しかし、時代が進むにつれて組織のあり方は変容を余儀なくされる。伝統的な博徒としての理念を守ろうとする古参勢力と、現代的な資金獲得手法へと舵を切る実務派の相克。清田がこの組織のなかで占めたポジションは、まさにその新旧交代の過渡期における調整役であり、同時に冷徹な差配を行う決定者でもあった。稲川会の系譜がどのように受け継がれ、どのような変容を遂げたのかを検証することは、日本の暴力団史そのものを解読することと同義である。