清水文太の名前が一躍世に知れ渡ったのは、彼がわずか19歳の時だった。当時、独特のポップセンスとコンテンポラリーな映像表現で一世を風靡していた音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」。その主演・歌唱を担当していたコムアイのスタイリングを任されたことが、彼のキャリアの大きな転機となる。
従来の「スタイリスト」の役割は、既製品の服を組み合わせ、モデルやタレントを美しく見せることに終始しがちだった。しかし、清水の手法は違っていた。ヴィンテージ衣服と無名の新鋭デザイナーの作品を混在させ、時には日用品や工業資材すら衣服として再解釈した。そのスタイルは単なる装飾ではなく、アーティストの精神性を服という形で可視化する試みだった。
コムアイが放つ強烈な個性を押し潰すことなく、むしろ拡張させるような衣装デザインは、原宿を中心とする東京のユースカルチャーに強烈なインパクトを与えた。この時期の仕事が、後に続く数多くのアーティストからの信頼を獲得する足がかりとなった。