同志社大学を卒業後、アパレル企業勤務を経てお笑いコンビ「圭・修」としてデビューした清水圭。関西ローカルで頭角を現した彼の知名度を一気に全国区へと押し上げたのが、フジテレビジョンの看板番組『笑っていいとも!』だった。
当時のバラエティ番組において、彼の立ち位置は唯一無二だった。典型的なコテコテの関西芸人とは一線を画す、アメリカンカジュアルを着こなすスマートな佇まい。サッカーやゴルフに精通するスポーツマンとしての一面。知的なツッコミと軽妙なフットワークで、吉本興業所属でありながら東京の洗練されたスタジオワークに完璧に適応していた。
スポーツ中継のキャスターからゴールデンタイムのクイズ番組の回答者、さらにはドラマ出演まで、マルチタレントの先駆けとしてテレビで見ない日はないほどの過密スケジュールをこなしていた時代である。