千日回峰行には、天台宗の本山である比叡山延暦寺(滋賀県・京都府)に伝わる行法と、修験道根本道場である金峯山寺(奈良県・大峯山)に伝わる行法の2系統が存在します。いずれも数千日におよぶ過酷を極める修行ですが、満行を果たした者は開山以来の長い歴史を通じても極めて稀です。
比叡山の千日回峰行は、平安時代初期に相応和尚(そうおうかしょう)によって創始されたと伝えられ、およそ1200年の歴史の中で満行者は50名ほどしか確認されていません。特に戦後の近代社会において、この極限修行を成し遂げた歴代の達成者は以下の通りです。
比叡山延暦寺 千日回峰行 戦後の歴代満行者一覧
比叡山において戦後、厳しい審査と前行を経て千日回峰行を満行した大阿闍梨は14人(延べ15回)記録されています(比叡山延暦寺公式記録および報道発表に基づく)。
- 叡南祖賢(えなみ そけん)大阿闍梨:1946年(昭和21年)満行。戦後第1号の満行者であり、多くの後進を育て上げた近代回峰行の中興の祖。
- 葉上照澄(はがみ しょうちょう)大阿闍梨:1953年(昭和28年)満行。元新聞記者・外交評論家という異色の経歴を持ち、国際宗教対話に尽力。
- 箱崎文応(はこざき ぶんおう)大阿闍梨:1953年(昭和28年)満行。生涯にわたり無動寺谷で多くの信徒を教化。
- 小林栄茂(こばやし えいも)大阿闍梨:1959年(昭和34年)満行。厳しい規律と謙虚な姿勢を貫いた高弟。
- 酒井雄哉(さかい ゆうさい)大阿闍梨:1回目1980年(昭和55年)満行/2回目1987年(昭和62年)満行。戦後唯一、歴史上でも3人目となる千日回峰行「2度達成」の偉業を達成。
- 光永澄道(みつなが ちょうどう)大阿闍梨:1982年(昭和57年)満行。熱心な祈祷と行力で知られ、子息の光永圓道師も後に満行。
- 上原行照(うえはら ぎょうしょう)大阿闍梨:1994年(平成6年)満行。伊崎寺住職として「竿飛び」神事などでも広く知られる。
- 内海俊照(うつみ しゅんしょう)大阿闍梨:1995年(平成7年)満行。比叡山内での信望厚く、慈悲深い導きで多くの参拝者を迎えた。
- 藤波源信(ふじなみ げんしん)大阿闍梨:2003年(平成15年)満行。戦後最年少クラス(当時43歳)で満行を達成。
- 光永喜光(みつなが きこう)大阿闍梨:2008年(平成20年)満行。伝統的な行法を愚直に受け継ぐ。
- 光永圓道(みつなが えんどう)大阿闍梨:2009年(平成21年)満行。光永澄道大阿闍梨の実子であり、親子二代での満行を達成。大津・無動寺谷明王堂輪番などを歴任。
- 釜堀浩元(かまほり こうげん)大阿闍梨:2017年(平成29年)満行。戦後14人目、平成最後となる達成者。現在は延暦寺善法院住職などを務める。
金峯山寺(吉野・大峯)大峯千日回峰行 歴代満行者一覧
一方、奈良県吉野枢要の金峯山寺に伝わる「大峯千日回峰行」は、標高差1,300メートル以上の険峻な山岳地帯を往復する過酷な修行です。1300年におよぶ修験道の歴史の中で、これを達成したのはわずか2名しか存在しません。
- 柳澤貞興(やなぎさわ ていこう)大阿闍梨:1988年(昭和63年)満行。昭和の修験道史にその名を刻む大峯千日回峰行の初満行者。
- 塩沼亮潤(しおぬま りょうじゅん)大阿闍梨:1999年(平成11年)満行。1300年ぶり史上2人目の達成。さらにその後、断食断水不眠不臥の「四無行」や「八千枚大護摩供」を満行。現在は仙台市・慈眼寺住職。