『日本書紀』の記録を辿ると、この言葉が単なる私的な祝い事にとどまらず、国家的な祈りと不可分であった歴史が見えてくる。特に律令国家の礎を築いた天武天皇の治世前後において、国土の平安と五穀豊穣を祈る公の祭祀において「弥栄」の思想は決定的な役割を果たした。
為政者が民の暮らしを慈しみ、民が国の平穏を願う。この双方向の循環を支える思想的支柱こそが「いやさか」であった。権力闘争の過酷な歴史の裏側で、朝廷の儀礼官たちは国家が未来永劫にわたって衰退しないための呪句として、この響きを大切に守り継いできた経緯がある。