2011年12月、浅田家を最大の悲劇が襲います。闘病中だった妻・匡子さんが53歳の若さで逝去したのです。バンクーバー五輪での銀メダル獲得からわずか1年後、ソチ五輪を目指して過酷な練習を重ねていた真央さんにとって、精神的支柱だった母親の死は計り知れない打撃でした。
残された敏治氏は、妻が担っていた「現場でのサポート」という役割をも引き継ぐことになります。料理や家事は決して得意ではなかったものの、娘たちのために必死に家庭環境を整えようと奮闘しました。母を亡くした姉妹にとって、不器用ながらも寄り添い続けてくれる父親の存在は、何よりも心強い盾となったに違いありません。