この惨劇において最も厳しい視線が注がれているのが、学校法人佐藤栄学園側の管理体制である。生徒が無免許で運転した事実は動かしがたいが、そもそもなぜ高校生の手の届く場所に車の鍵が存在していたのか。この根本的な疑問が解消されない限り、遺族や社会の納得は得られない。
学校側の説明によれば、該当の整備車両はグラウンド整備のために日常的に使われており、鍵は車内、あるいは誰でも容易に持ち出せる場所に置かれていたとされる。「過去にも生徒が無断で乗っていたのではないか」という疑念が持ち上がるのも無理はない。日常化していた管理の緩み。鍵の保管庫に施錠する、管理責任者を明確に定めるという、初歩的な安全プロトコルが完全に機能不全に陥っていた。学校という守られた空間の中で、凶器になり得る自動車が「放置」されていた過失は極めて重い。