陰陽五行説の原則に従えば、水の要素に対応する基本色は紛れもなく「黒」です。現に、中国の伝統的な五行配当において水は玄(黒)であり、北方を守護する神獣も玄武(げんぶ)と呼ばれます。しかし、現代日本の七夕売り場や折り紙セットを見渡しても、黒い短冊が封入されているケースは滅多にありません。なぜ日本では黒が除外され、高貴な紫がその座を占めるようになったのでしょうか。
歴史資料および色彩文化史の記録を紐解くと、この変遷には2つの決定的な文化的要因が関わっています。
第1の要因は、飛鳥時代に聖徳太子が制定したとされる「冠位十二階」以来、日本社会に根付いた色彩階級制度です。当時、冠の最上位(大徳・小徳)に冠されたのが紫であり、紫草の根(紫根)から抽出される染料は極めて希少でした。紫は「至高の尊さ」「最高の気品」を象徴する色として宮廷文化に深く刻まれ、神仏に捧げる神聖な儀礼において特別な扱いを受けるようになったのです。
第2の要因は、日本古来の死生観と忌み言葉の文化です。日本では古くから、黒が「死」「喪」「闇」「凶事」を強く連想させる色として、ハレの席(祝い事・祭り)から意図的に遠ざけられる傾向がありました。加えて、実用面での物理的な制約も見逃せません。平安時代の貴族がサトイモの葉に溜まった朝露(天の川の雫と見立てられた)で墨をすり、願いをしたためた際、黒地の紙に黒い墨汁で文字を書いても視認できません。文字が読めなければ祈祷の意味をなさないという極めて現実的な要請からも、墨の文字が鮮やかに映え、かつ最上の尊厳を持つ紫への移行は必然だったと言えます。
ネット上では「黒の短冊を使ってはいけないのか」という疑問も散見されますが、陰陽五行の原義に照らせば黒を用いること自体が誤りではありません。ただし、先人たちが「尊貴への祈り」と「実用美」を調和させた結果として定着した紫の歴史的重みを知ることで、短冊選びの深みは一層増すことになります。