ネット検索において時折見受けられる「斉藤壮馬は順風満帆なエリートコースを歩んできた」という言説は、事実の半面しか捉えていない。
オーディション合格から早稲田大学卒業までの数年間、彼は学業を優先するあまり、同世代の声優たちが次々とブレイクしていく焦燥感を味わっていた。大学を卒業したからといって即座に仕事が保証される世界ではない。自著のエッセイの中でも、将来への不安から夜の街を宛てもなく歩き続けた日々や、自身の表現が届かない無力感に苛まれた経験を率直に告白している。
また、「読書家キャラクターはブランディングの一環ではないか」という穿った見方も一部に存在するが、これも実像とは乖離している。彼が幼少期から親しんできた海外文学や近代日本文学の蔵書数は膨大であり、文芸誌の連載でもマニアックな作家論を深掘りしている。付け焼き刃の知識では決して到達できない領域であり、読書は彼にとって自己顕示の手段ではなく、呼吸と同じ次元の生き方そのものである。