碁盤の目とは?京都や札幌の歴史的理由と都市計画の真実

碁盤の目とは?京都や札幌の歴史的理由と都市計画の真実

碁盤の目とは?京都や札幌の歴史的理由と都市計画の真実に関する質問を分かりやすくまとめました。詳細な解説をご確認ください。

詳細を見る

京都と並び碁盤の目の街として有名なのが北海道・札幌市です。しかし、札幌が格子状に作られた背景は京都の古代都城制とはまったく異なり、明治初期における近代都市計画と米国のフロンティア都市開発に源流があります。

1869年(明治2年)、開拓使判官の島義勇(しまよしたけ)が札幌本府の建設に着手した際、広大な石狩平野の原野に碁盤の目状の都市区画を構想しました。当時の大蔵次官・黒田清隆が招聘したアメリカ人技術者たちの助言もあり、ニューヨークやフィラデルフィアなどで実証されていた機能的な直交路網が採用されたのです。

大通公園を境界線として「北・南」、創成川を境界線として「東・西」に分け、「南3条西4丁目」のように数学的な座標軸で住所を表記するシステムは、極めて高い利便性を誇ります。迅速な開拓、効率的な物資輸送、そして大火の延焼を防ぐ防火帯の確保という、実利的な要請から生まれた近代グリッド都市の傑作といえます。

山口 彩花
Author

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。