本作の魅力は、単一の主人公に依存しない「対話と対立」のドラマツルギーにあります。名優たちがぶつかり合うことで生み出された化学反応を紐解きます。
長谷川博己の明智光秀と染谷将太の織田信長が築いた関係性
麒麟がくる長谷川博己明智光秀は、従来の軍記物が描いてきた「神経質で猜疑心の強い裏切り者」ではありませんでした。諸国を巡って民の苦しみを見つめ、「平らかな世=麒麟がくる世界」を目指す理想主義者としての光秀像を、知性と品格をもって演じ上げました。
対する麒麟がくる染谷将太織田信長は、従来の豪胆な覇王像とは一線を画す造形でした。親の愛情を受けられなかったトラウマを抱え、唯一自分を認めてくれる光秀を「父」あるいは「兄」のように慕い、喜ばせたいがゆえに残虐な戦果を挙げてしまうという哀しい少年性を見事に表現しました。光秀に褒められたくて笑顔を見せる信長と、その狂気のエスカレートに恐怖と絶望を募らせていく光秀――二人の視線劇は、回を追うごとに息詰まる緊迫感を生み出しました。
本木雅弘(斎藤道三)の圧倒的支配力と徳川家康・子役陣の好演
物語の前半戦(美濃編)を完全に支配したのが、麒麟がくる本木雅弘斎藤道三でした。剃髪姿の怪異なビジュアルとともに、金銭への執着や冷酷無比な謀略の裏にある「国を豊かにしたい」という狂気じみた情熱を熱演。息子・高政(伊藤英明)との骨肉の争いである長良川の戦いにおける鬼気迫る最期は、視聴率およびSNSの反響を大きく牽引しました。
また、麒麟がくる徳川家康風間俊介の演技も見逃せません。織田と今川の狭間で人質として耐え忍んだ少年期から、老獪な政治力を身につけていく青年期までをグラデーション豊かに演じ分け、光秀の真意を最も深く理解するキーパーソンとして物語を締めくくりました。
さらに特筆すべきは、麒麟がくる子役キャストたちの存在感です。徳川家康の幼少期である竹千代を演じた岩田琉聖の凛とした佇まいや、信長の幼少期・吉法師を演じた寺内天太、駒の幼少期を演じた田中乃愛など、実力派子役たちが主要人物たちの根源的なトラウマや純粋さを短い登場シーンの中で見事に焼き付けました。