日本映画界の金字塔のみならず、世界的な名声を手決定づけたのが、巨匠・黒澤明との出会いである。『影武者』(1980年)における武田勝頼役、そして『乱』(1985年)における次男・次郎役。黒澤が求める妥協なき演技の要求に対し、根津は身を削るような鬼気迫る表現で応えてみせた。
特に『乱』における、父である一文字秀虎を追い詰め、嫉妬と野心に身を焦がす次郎の冷徹な眼光は、世界中の映画批評家を唸らせた。過酷な富士のロケーション、数千人のエキストラが入り乱れる壮大な戦国絵巻の中でも、彼の放つ狂気のシルエットは決して霞むことがなかった。時代劇というジャンルを借りて人間の業をあぶり出す黒澤美学の核心を、根津甚八という役者は見事に体現していたのである。