結婚からわずか4年後の1992年、2人は離婚を発表しました。当時、おしどり夫婦と見られていた2人の電撃破局は世間に大きな衝撃を与えました。報道各社の取材データや当時の記者会見から浮かび上がった離婚理由と破局原因には、梨園という特殊な世界ならではの構造的問題がありました。
最大の要因は、「梨園の妻」としての役割と「一人の表現者・女優」としてのアイデンティティの衝突です。歌舞伎役者の妻には、後援会や贔屓筋(ひいきすじ)への細やかな気配り、劇場ロビーでの挨拶回り、着物の着こなしから冠婚葬祭の作法に至るまで、極めて高度な裏方業務が求められます。さらに、名門の家系である以上、跡取り(男子)の出産を期待されるプレッシャーも日常的に存在していました。
当時の特番インタビューや手記で語られた内容によると、藤吉さんは献身的に妻の務めを果たそうと努力を重ねていたものの、女優業への情熱を完全に断ち切ることはできませんでした。舞台やドラマの撮影スケジュールと梨園の行事が重なる中で、徐々に心身のバランスを崩していったと伝えられています。
また、生活リズムの決定的なすれ違いや、家制度の価値観を重んじる周囲との軋轢も重なり、2人の間には修復困難な溝が生じました。協議の末、子どもがいなかったこともあり、お互いの将来を尊重する形で円満離婚という結論に至りました。