試練を乗り越えた小栗旬は、蜷川演出の舞台において急速にその才能を開花させていきます。2003年の『ハムレット』で舞台の基礎を叩き込まれた小栗に対し、蜷川は更なる過酷な試練を用意しました。それが2007年、彩の国さいたま芸術劇場を皮切りに上演された舞台『カリギュラ』(アルベール・カミュ作)です。
実妹の死を契機に絶対的な自由と不条理を求め、暴虐の限りを尽くして自滅していく若きローマ皇帝カリギュラ。膨大な難解セリフと狂気に満ちたこの難役に、蜷川は当時24歳の小栗を主演として指名しました。稽古は『ハムレット』を上回る過酷さを極めました。演出席から飛ぶ「もっと狂え!」「お前の限界はそんなものか!」という叱責に、小栗は感情を剥き出しにして立ち向かいました。稽古期間中、精神的・肉体的な負荷のあまり小栗が血尿を出したというエピソードは、演劇関係者の間で今も語り継がれています。
結果として、舞台『カリギュラ』における小栗の演技は演劇界を震撼させました。狂気と孤独の狭間で引き裂かれる若き暴君の悲劇を圧倒的な熱量で演じ切り、第15回読売演劇大賞優秀男優賞および第43回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。名実ともに「日本の演劇界を背負う実力派舞台俳優」としての評価を確立した瞬間でした。
さらに2009年から2010年にかけては、劇作家・井上ひさしが書き下ろし、蜷川が演出を手がけた舞台『ムサシ』に出演します。藤原竜也が演じる宮本武蔵に対し、小栗は宿命のライバルである佐々木小次郎役を務めました。日本国内にとどまらず、ロンドン(バービカン・センター)やニューヨーク(リンカーン・センター)での海外公演も大成功を収め、現地劇評でも高い称賛を獲得しました。小栗旬という役者の国際的な視野と舞台への情熱は、蜷川という巨人の背中を通じて決定的に形作られたのです。