本作における君たちはどう生きるか考察を深める上で欠かせないのが、ユング心理学的な「影(シャドウ)」の統合と、宮崎駿監督自身の個人史です。NHKの特別ドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』等でも明かされた通り、大伯父の造形には、監督の長年の盟友であり最大のライバルであった故・高畑勲監督の影が濃厚に投影されています。また、嘘つきで醜悪ながらどこか憎めないアオサギには、プロデューサーの鈴木敏夫氏のパーソナリティが重ね合わされています。
大伯父が作ろうとした「美しい異界」とは、アニメーションという虚構の王国そのもののメタファーです。現実の理不尽や暴力から逃れ、純白の積み木で理想郷を組み立てようとしたクリエイターの営為を、宮崎監督は自ら解体してみせました。完璧な理想の世界に逃げ込むのではなく、自分の中にあるエゴイズム、嫉妬、破壊衝動といった「悪意」を直視した上で、傷だらけの現実を生き抜くこと。それこそが、作品に込められたメッセージの本質です。
タイトルの「君たちはどう生きるか」は、映画の中で説教として提示されることはありません。監督自身が80代を迎え、「自分はこのように生きて傷つき、表現の呪縛と格闘してきた。その上で、次の世代の君たちはどうするのか」と、自らの魂の履歴書を投げ渡すような構造になっているのです。