この絵が描かれた時代、フィレンツェは黄金期を迎えていた。しかしその裏では、支配者メディチ家を巡る血生臭い権力闘争が渦巻いていた。
シモネッタの愛人であったとされるジュリアーノ・デ・メディチは、大聖堂の礼拝中に暗殺された(パッツィ家の陰謀)。彼の兄であるロレンツォ・デ・メディチは九死に一生を得たが、その後、暗殺に関わった者たちを容赦なく処刑し、フィレンツェの街は首吊り死体と血の海で染まったという。
『ヴィーナスの誕生』は、このような凄惨なクーデターと血の粛清の直後に、メディチ家のために描かれた。画面に漂うどこか哀愁を帯びた空気は、失われた平和と、非業の死を遂げた若者たちへの鎮魂歌(レクイエム)だったのかもしれない。