日本の学校漫画において、体育の授業は特別な意味を持つシチュエーションとして長年描かれてきた。水泳、マラソン、球技大会——それぞれの種目が持つドラマ性は、作者たちが何十年も前から活用してきた財産だ。
跳び箱はその中でも際立って「個人の挑戦」を強調する種目だ。チームスポーツではない。自分一人で台の前に立ち、走って、飛ぶ。周囲が見ている。失敗しても誰かのせいにできない。この孤独な緊張感が、青春の比喩としてこれほど機能するのは自然なことだと言える。
僕の隣の相馬さんがこの題材を選んだのは、おそらくその普遍性ゆえだろう。読者の年齢や性別を問わず、跳び箱の前に立ったときのあの感覚を持つ人は多い。共通体験に乗せることで、物語は一気に読者の中に入り込む。