プーチンの原点を語る上で欠かせないのが、第二次世界大戦の爪痕が深く残るレニングラード(現サンクトペテルブルク)での生い立ちです。1952年10月7日、父ウラジーミル・スピリドノヴィチと母マリア・イワノヴナの間に生まれました。一家はナチス・ドイツによる凄惨な包囲戦を生き延びたものの、プーチンが生まれる前に2人の兄を病気や飢餓で亡くしており、彼は待望の生き残りとして育てられました。
当時の住居は、複数家族が台所やトイレを共有する「コムナルカ」と呼ばれる劣悪な共同アパートでした。廊下には巨大なネズミが走り回り、暖房もまともに行き届かない貧困環境のなかで、少年プーチンは路地裏のストリートファイトに明け暮れる「札付きの悪童」として育ちます。
自伝『ファースト・パーソン』の中でも、「自分はピオネール(共産党少年団)にも入れないほど荒れていた」と告白しています。路上で生き残るための喧嘩のルール――「追い詰められたネズミは反撃して飛びかかってくる」「喧嘩が避けられないなら、先手必勝で最初に殴れ」という教訓は、この貧民街の過酷な日常から学んだものでした。