価格が高騰する最大の物理的要因は、圧倒的な初期出荷本数の少なさにあります。当時の販売データや業界関係者の証言を総合すると、本作の実売・出荷本数は約2万本から3万本程度にとどまったと推計されています。大作RPGがミリオンセラーを連発していた1998年のゲーム市場において、3万本弱という数字は極めて小規模な部類です。
なぜここまで生産数が絞られたのか。その背景には、企画当初からマス向けを完全に拒絶した本作の特異な立ち位置がありました。脚本・原案を手掛けた小中千昭氏、キャラクター原案の安倍吉俊氏、プロデューサーの上田耕行氏らによって立ち上げられた『serial experiments lain』プロジェクトは、アニメとゲームを同時に走らせる先駆的な試みでした。しかし、先行したテレビアニメ版自体が深夜帯における極めて哲学的・実験的な前衛作品であり、当時の一般層に広く浸透するタイプの内容ではありませんでした。
さらに、ディレクターの中原順志氏らが構築したゲーム版の設計は、当時の一般的なアドベンチャーゲームの文法を根底から覆すものでした。プレイヤーは「ゲームを遊ぶ」のではなく、グラフィカルなOS画面上で無数に散らばった音声ログや動画ファイルを一つひとつ再生・閲覧していく作業を強いられます。主人公・岩倉玲音が精神を病んでいくカウンセリング記録や、彼女の周囲で起きる凄惨な日常の破片を自力でつなぎ合わせるという、極めて陰鬱で人を選ぶ構造だったのです。
結果として、発売当時のゲーム雑誌等でのレビュー評価は賛否が真っ二つに割れ、初動の消化ペースも鈍かったため、メーカー側が大規模な重版(追加プレス)を行うことはありませんでした。「売れなかったから作られず、作られなかったがゆえに現存数が極少になった」という、典型的なプレミア化の初期条件がここで成立したのです。