『平家物語』の真の主人公であり、最大の悪役としても描かれるのが平清盛です。保元・平治の乱を勝ち抜き、武士として初めて最高位である太政大臣にまで登りつめた清盛は、娘の徳子(建礼門院)を高倉天皇に入内させ、その皇子(安徳天皇)を即位させることで外戚としての絶大な権力を握りました。
「平家にあらざれば人にあらず(平氏にあらざる者はみな人非人なるべし)」と平時忠が放ったとされる言葉に象徴されるように、一門は富と官位を独占し、日宋貿易で莫大な財政基盤を築きます。しかし、その圧倒的な栄華こそが自滅への引き金となりました。
後白河法皇との政治的対立、鹿ケ谷の陰謀に対する苛烈な弾圧、強引な福原遷都、そして東大寺・興福寺を焼き払った南都焼討など、強権的な統治は朝廷貴族や寺社勢力、そして地方武士団の反発を決定的なものにしました。清盛が熱病(劇症の高熱)で悶絶死した1181年を境に平家の軍事バランスは一気に崩壊。源頼朝や義経らの挙兵を受け、わずか4年後の1185年、壇ノ浦の戦いにて平家一門は海へと沈んでいきました。
冒頭の「おごれる人も久しからず」「猛き者もつひにはほろびぬ」は、まさに清盛が歩んだ栄光から破滅への直線コースを予告するプロローグだったのです。