Q1:池田勇人は「貧乏人は麦を食え」と実際に一言でも言ったのですか?
A1:いいえ、一度も口にしていません。実際の国会答弁では「所得の少い人は麦を多く食ふ、所得の多い人は米を食ふと云ふやうな経済の原則に副つた方へ持つて行きたい」と述べており、「貧乏人」「食え」という乱暴な言葉は新聞の見出しによって作られた表現です。
Q2:この失言騒動のせいで池田勇人は大臣を辞任したのですか?
A2:この1950年12月の答弁では辞任していません。ただし、池田は2年後の1952年にも通産大臣として「中小企業の倒産や自殺もやむを得ない」と受け取られる答弁を行い、不信任決議案が可決されて辞任に追い込まれた経歴があります。
Q3:なぜ当時のメディアはそこまで池田勇人を厳しく批判したのですか?
A3:終戦直後の食糧不足で国民の多くが主食に苦労していた時期であり、主食価格の値上げに対して世論が極めて敏感だったためです。経済合理性を前面に出す池田の官僚的な答弁姿勢が、国民感情を無視した傲慢な態度として批判の格好の標的となりました。