「β-カロテンが体に良いなら、サプリメントの錠剤でまとめて摂取すれば十分ではないか」――そう考える多忙な現代人は少なくない。しかし、予防医学・栄養疫学の第一人者である東京大学名誉教授の佐々木敏氏らが発信してきた数多くの疫学研究は、単一の栄養素を抽出したサプリメントと、野菜そのものを丸ごと食べる「ホールフード」との間に明確な一線を引いている。
過去の大規模な国際介入研究において、高用量の合成β-カロテンサプリメントを長期投与されたグループでは、期待された健康維持効果が得られず、むしろ一部の対象者で好ましくない結果が観察された歴史がある。一方で、日々の食事から緑黄色野菜としてカロテンを豊富に摂取している集団では、心血管疾患や生活習慣病のリスク低下が一貫して確認されているのだ。
この決定的な違いは、人参に含まれる多様な微量栄養素、ポリフェノール、食物繊維が織りなす「複合的な相互作用(フードマトリックス)」にある。単体の化学物質としてではなく、自然のパッケージのまま体内に届けること。エビデンスに基づく栄養疫学の知見は、サプリメントによる安易な近道よりも、台所で油とともに調理される人参の皿にこそ本物の価値があることを雄弁に物語っている。