宇多田ヒカルが彗星のごとくデビューした当時、ソニー・ミュージックレーベルズをはじめとする日本の音楽業界全体に激震が走った。15歳という若さ、完璧な英語の発音、そして何よりその洗練されたR&Bの楽曲構造。しかし、ベテランの音楽プロデューサーたちは、その斬新なサウンドの奥底に流れる「歌謡曲の情念」を即座に見抜いていた。
当時のレーベル関係者は語る。「海外の最新サウンドを追うアーティストは無数にいた。だが、宇多田ヒカルには藤圭子という絶対的な日本の『情』の原点があった。だからこそ、老若男女問わず日本人の心に直接突き刺さったのだ」。ポップでありながら、どこか哀切を帯びたメロディライン。それこそが、彼女を単なる一発屋で終わらせず、数々の記録を塗り替える国民的アーティストへと押し上げた原動力だった。