では、宗教界の公式な見解はどうなのだろうか。全国の神社を傘下に持つ神社本庁によれば、賽銭の本質は神に対する「感謝の標(しるし)」である。自らが授かった恵みに対する御礼として捧げるものであり、願い事を買い取るための「対価」ではない。
これは全日本仏教会が掲げる仏教の「布施(ふせ)」の精神とも深く共鳴する。執着を捨て、喜んで差し出す行為そのものが修行であり、金額の多寡がご利益を左右するわけではないのだ。日本屈指の聖地である伊勢神宮においては、古来、個人の私利私欲に基づく献金(私幣)が規制されていた歴史がある。金額の「値段」にこだわること自体が、祈りの本質から逸脱していると言わざるを得ない。