なぜ台所にある「鍋(pot)」と「やかん(kettle)」が引き合いに出されたのでしょうか。その起源は、電気やガスが存在しなかった16世紀〜17世紀の調理環境にまで遡ります。
当時の台所では、料理用の鍋も湯沸かし用のやかんも、直火の薪や炭火の上に直接吊るされて使われていました。そのため、どちらも使っていくうちに真っ黒な煤(すす)だらけになります。底も側面も煤で真っ黒に汚れている鍋が、同じく火にかけられて黒くなっているやかんに対して「やーい、お前は真っ黒で見苦しいな」とあざ笑う――この滑稽な構図こそが、語源の歴史的背景です。
文献としての初出は、スペインの文豪セルバンテスが記した名作『ドン・キホーテ』(1605年刊)の英訳版(1620年、トマス・シェルトン訳)に登場する一節「Said the pot to the kettle, get away black-face(鍋がやかんにお前は顔が黒いからあっちへ行けと言った)」とされています。その後、1693年にウィリアム・ペンが著書で引用したことで英語圏の知識層から庶民へと定着していきました。
なお、語源にはもう一つの興味深い解釈が存在します。当時の鍋は鋳鉄製で光沢のない真っ黒な煤に覆われていたのに対し、やかんは磨かれた銅製や真鍮製が多く、表面が鏡のように反射していました。つまり「やかんを見た鍋は、やかん自体の黒さではなく、やかんの表面に映った自分自身の黒い姿を見て『お前は黒い』と罵った」という説です。自己認識の欠如を風刺する意味合いがより一層深まる解釈として知られています。