ネット上のイラスト講座では「初心者はまず実際の人物写真をトレスすべきだ」という言説が頻繁に語られます。しかし、これは半分正しく、半分は大きな落とし穴を孕んだ誤解です。
現実の生身の女性の身体をそのまま線画でトレースすると、以下のような「不気味の谷」現象や作画上の破綻が生じやすくなります。
- 情報過多による平坦化:実写の皮膚表面には細かな凹凸や影が存在しますが、それをそのまま線画に置き換えると、シワや筋肉の筋が悪目立ちし、イラストとしての魅力や清潔感が損なわれます。
- 2次元的デフォルメとの乖離:アニメやゲームのイラストでは、肩幅を実物よりやや狭く、首をやや細く長く描くといった「美的補正」が無意識に施されています。実写を直写すると、頭部が小さすぎて迫力に欠けたり、肩幅が強調されて無骨に見えたりする弊害が生じます。
- 立体構造の不理解:トレスは輪郭を追う作業になりがちで、奥行きやパースペクティブの理解が抜け落ちます。結果として、少しでもカメラアングルを変えた瞬間に描けなくなる「トレス依存」に陥ってしまいます。
作画における正解は「実写や高品質ストック素材を参考にしつつ、アナトミーの法則に従って記号化・単純化する」ことです。写真をなぞるのではなく、写真の中に潜む「重心線」と「主要な関節の配置」だけを抽出し、自らの手でアタリを起こすことこそが、応用力を養う唯一の道筋です。