後世にオカルティズムの教祖のように扱われることになったノストラダムスの生涯と経歴を振り返ると、その実像はルネサンス期を懸命に生きた極めて優秀な知識人・医師であったことが分かります。
1503年に南フランスのサン=レミで生まれたミシェル・ド・ノートルダム(ノストラダムス)は、名門モンペリエ大学で医学を修めました。当時猛威を振るっていたペスト(黒死病)の治療現場に立ち向かい、清潔な環境づくりやビタミンCを含むローズヒップを用いた丸薬の処方など、当時としては極めて合理的な衛生指導で多くの命を救ったと記録されています。
医師として名声を博した彼は、やがて占星術や薬草学を取り入れた暦書(アルマナック)の出版を開始。1555年に刊行されたのが、四行詩の形式で綴られた予言詩集『ノストラダムス諸世紀』(正式名称:『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』)です。フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスにも重用され、王室付きの医師・顧問として重きをなしました。