どん底の失墜から、彼はどのようにして信頼と歌舞伎界での芸道を取り戻していったのか。謹慎期間中に深めた猛省と自己対話を経て、翌年には慎重に歌舞伎舞台への復帰を果たした。その後、愛妻との早すぎる別れなど数々の悲劇や苦難に直面しながらも、彼は自らの宿命を受け入れ、芸の精進へと打ち込んでいく。
市川海老蔵(十一代目)として背負った傷と経験は、やがて大名跡である市川團十郎(十三代目)の襲名という歴史的瞬間へと昇華された。数年の延期を経て実現した襲名披露興行で見せた堂々たる佇まいには、かつての西麻布の夜で見せた危うさは影を潜め、伝統の重責を一人で背負う圧倒的な覚悟が宿っていた。