直接的な引き金にはならないものの、広域的な視点で見れば全くの無関係と言い切れない側面も存在します。それが日本列島全体の活断層における歪みの影響とテクトニクスバランスです。
能登半島で発生した大規模な断層破壊は、中部地方から近畿・北陸にかけての地殻内部の応力場にわずかな再配置をもたらしました。地殻変動観測衛星やGEONET(電子基準点網)のデータ解析によれば、震源から離れた地域でもミリ単位の地殻移動が観測されています。
歴史を振り返ると、1944年の昭和東南海地震や1946年の昭和南海地震の前後数十年間には、鳥取地震(1943年)、三河地震(1945年)、福井地震(1948年)といった内陸直下型地震が西日本・中部地方で連続して発生しました。これは「南海トラフが能登を起こした」「能登が南海トラフを起こした」という一方通行の因果関係ではなく、プレートの沈み込みによって列島全体に極限まで溜まった歪みが、まず内陸の弱い活断層で解放され、最終的に海溝型巨大地震へと至る一連の活動期プロセスであると解釈されています。