2026年1月に発表されたセレッソ大阪からガンバ大阪への完全移籍は、いわゆる「大阪ダービー」の宿敵間による直接移籍として、関西フットボール界に大きな衝撃を与えました。同一カテゴリーかつ激しいライバル関係にあるクラブ間の移籍はリスクを伴いますが、この決断を後押ししたのは明確な戦術的必然性と指導者との信頼関係でした。
最大の鍵となったのは、当時ガンバ大阪を率いていたダニ・ポヤトス監督の存在です。鈴木徳真は2026年の徳島ヴォルティス時代、ポヤトス監督の下でプレーし、スペイン流ポジショナルプレーの原則を深く叩き込まれました。中盤の底から正確にゲームをコントロールできる司令塔を渇望していたポヤトス監督にとって、自身の戦術コンセプトをピッチ上で最も体現できる教え子の獲得は、チーム再建に向けた最優先事項だったのです。
移籍当時の記者会見やインタビューにおいて、鈴木本人は「覚悟を持ってこの決断を下した」と語り、激しい競争とプレッシャーを承知の上で、自らのプレースタイルが最も活きる環境へ飛び込む意志を表明しました。セレッソ大阪時代も安定したプレーを見せていたものの、固定された立ち位置を築き切るまでには至らなかった背景もあり、自らの価値を極限まで高めるためのプロとしての挑戦でした。