現在のように満年齢が公式ルールとなったのは、決して大昔のことではない。明治維新以降、富国強兵と欧米列強との対等な外交を目指した明治政府は、公文書や国際条約における時間の厳密な統一を迫られた。
明治35年(1902年)、明治天皇の裁可を経て公布されたのが「年齢計算ニ関スル法律」である。この法律によって、民法上の年齢は出生の日から起算する「満年齢」と法的に規定された。しかし、法令が一本通ったからといって、千年以上続いた庶民の生活慣習が一朝一夕に変わるはずもなかった。
学校や役所では満年齢が使われながらも、町内会や家庭内では依然として数え年が幅を利かせる二重構造が長らく続いた。本格的な転換が訪れるのは戦後のことだ。昭和25年(1950年)、「年齢のとなえ方に関する法律」が施行され、配給物資の正確な分配や国際社会への復帰を背景に、国家を挙げた「満年齢普及キャンペーン」が大々的に展開されることとなった。