日本人の深層心理に「黒帯=最強」のイメージを決定づけたのは、メディアが紡いできた物語の力も大きい。明治の激動期を舞台に、講道館柔道の若き達人が他流試合を勝ち抜いていく富田常雄の小説『姿三四郎』は、黒澤明監督による映画化を経て不滅のヒーロー像を確立した。右袖を掴んで宙を舞わせる「山嵐」の描写に、当時の人々は息を呑んだ。
昭和の高度経済成長期には、スポ根マンガの金字塔『柔道一直線』が社会現象を巻き起こす。畳の上での泥臭い努力と必殺技の数々は、子どもたちを道場へと駆り立てた。NHKのドキュメンタリー番組が長年追い続けてきた職人肌の指導者たちの姿も、黒帯のストイックな神秘性を後押ししてきた要素だ。
そして時代は変わり、Netflixなどのグローバル配信プラットフォームを通じて、日本の柔道ドキュメンタリーや格闘アニメが世界数十カ国で同時視聴される時代となった。かつての銀幕のヒーローからデジタルの高精細映像へと媒体が変わっても、「一本背負いで巨漢が宙を舞う瞬間」の美学は国境を超えて人々の心を掴んで離さない。