事件が社会に投じた最大の疑問符は、「正規の許可を得ていた施設で、なぜこのような初歩的なミスが起きたのか」という点だった。製造元は保健所から「洋菓子製造業」の営業許可を取得しており、食品衛生法に則った手続きを踏んでいたとされている。
しかし、制度の運用実態には深い溝が存在した。店舗に配置が義務付けられている「食品衛生責任者」は、多くの場合、わずか1日の講習を受講するだけで取得できる資格だ。調理師や製菓衛生士のような専門教育や実技試験を経ていない者でも責任者になれるため、微生物学の基礎や水分活性、芽胞菌の挙動といった科学的知識を持たないまま現場を仕切るケースが珍しくない。
施設基準を満たして営業許可証の交付を受けたとしても、それは「設備が存在する」ことの証明に過ぎず、「日々安全な工程で製造されているか」を恒常的に保証するものではない。行政の監視の目が届きにくい小規模工房の死角が、最悪の形で露呈した瞬間だった。