赤レンガの重厚な歴史美を誇る丸の内側に対し、常に時代の最先端ビジネスと商業のトレンドを映し出してきたのが八重洲口です。開業当時の八重洲側は車両基地などが広がる裏口に過ぎませんでしたが、戦後の1954年に民間資本を活用した「民衆駅」としての駅ビル・鉄道会館(旧大丸東京店)が開業したことで、商業地として急速に発展しました。
地上空間の変貌とともに、東京駅の利便性を飛躍的に高めたのが「地下街」の形成です。1960年代の東海道新幹線開業に伴い、八重洲側の地下に広大な「八重洲地下街(ヤエチカ)」が誕生。地上交通の混雑を緩和し、雨に濡れずに丸の内側や周辺ビルへ移動できるネットワークが徐々に整備されていきました。
国鉄民営化以降は、駅構内そのものを魅力的な商業空間へと転換する「エキナカビジネス」が加速。「グランスタ東京」をはじめとする高付加価値なグルメ・ショッピングゾーンが次々と拡充され、単なる乗り換え地点から「訪れること自体が目的となる巨大な地下都市」へと進化を遂げました。