女性ホルモンの投与によって生じる変化の中で、特に慎重な考慮を要するのが「一度発症すると自然治癒しない不可逆的変化」です。その代表格が女性化乳房の発症と生殖能力の不可逆的な低下です。
男性の乳腺組織は普段、男性ホルモンによって発達が抑制されています。しかし、エストロゲン濃度が上昇すると乳頭直下の乳腺組織が刺激され、初期には「しこり」や圧痛が現れます。投与を長期間継続すると乳腺組織が完全に形成され、女性と同様の乳房形態へと発達します。重要なのは、一度発達した真性女性化乳房の乳腺組織は、ホルモン投与を中止しても完全に退縮することはなく、元の平坦な胸に戻すには外科的な乳腺切除手術が必要になるという点です。
さらに深刻なのが性機能への打撃です。視床下部・下垂体・精巣系(HPG軸)への強力な負のフィードバックにより、精巣内でのテストステロン産生と精子形成が停止します。その結果、以下のような現象が段階的に進行します。
- 性欲の急激な減退・消失:性的な衝動や関心が極端に薄れ、日常的な勃起反応が消失する。
- 重度の勃起不全(ED):海綿体への血流維持が困難になり、性交渉が不可能な状態に陥る。
- 精巣の萎縮と無精子症:精巣の容量が顕著に縮小し、精液中の精子数がゼロになる。長期投与後は投与を断念しても造精機能が回復せず、生涯にわたる不妊症となる確率が極めて高い。
生命に関わる重大な副作用として最も警戒されるのが血栓症(深部静脈血栓症・肺塞栓症)です。エストロゲンは肝臓で代謝される際、血液凝固因子(プロトロンビンなど)の産生を促進し、同時に抗凝固因子(アンチトロンビンIIIなど)を減少させる作用を持ちます。これにより血管内で血液の塊(血栓)が形成されやすくなり、下肢の血管を塞いだり、肺の動脈に飛んで呼吸困難や心停止を引き起こすリスクが跳ね上がります。特に喫煙習慣がある場合や肥満傾向がある場合、血栓症の発生率は非投与者の数十倍に達すると警告されています。